好きなものは何ですか。
あなたの好きなものは何ですか?
そう聞かれた時、頭が真っ白になった。それはずっと考えていて、考えているのにわからなくて、考えれば考えるほど着地点の見えない問いだったから。
小説やマンガを読むことが好き。本当に?
絵を描くのが好き。本当に?
空を眺めることが好き。本当に?
美味しいものを食べることが好き。本当に?
本当に? 本当に? 本当に?
好き、と唱えた後に呪いのようにその言葉がつきまとう。嘘じゃない。嘘はついていない。でも本当かどうかなんてわからない。
そう、わ か ら な い。
けれど、わからない、と口にすることは憚られた。それを問うた人は私の憧れの人だったからかもしれない。自分の好きなものもわからないなんてと失望されるのが怖かったというのもある。でも何よりも、それを認めることは、自分の中に何もないと認めることと同意義な気がしたから。
だけど、いくら考えても答えは出てこない。好きなものはわからず、時間は過ぎていく。
その間、彼女は何も言わず、ただ優しく笑っているだけ。待たされるのは苦ではないよ、ゆっくり考えたらいいよ、と。私はそれに甘えながらも、結局はその言葉を最後まで言えず、その代わりにぽろりと涙が一粒こぼれ落ちた。
「そっか、つらかったね。たくさん我慢してきたんだね。がんばってたんだね」
私はまだ何も話していないのに、彼女のくれた言葉。わかってくれた、それがこんなにも嬉しいなんて。
ぽつり、ぽつり。言葉を探しながら。まるで知っている単語を繋ぎ合わせただけのような。私の言葉にならない言葉たちを、彼女は拾い集めて耳を傾けて、ただ受け止めてくれる。そして、最後にチロルチョコを一粒と私の欲しかった言葉を。
「大丈夫だよ」
うん、大丈夫。まだ胸を張って、これが好き、と言えるものはない。それでもきっとこれらのかも、と思うものはある。だから、大丈夫。正解なんてなくてもいい、私の信じる答えを見つけよう。ゆっくりでいい、私のペースで、進んでいこう。
あなたの好きなものは何ですか?